「ありのまま・そのまま」の誤解
「ありのままでいいんだよ」の誤解
「子どものありのままを受け止める」という言葉は、子育て本にはおなじみです。しかし、その月・その週・その日・その時間、子どもは変化しています。「ありのまま」は常に一定していません。「ありのまま」も「受け止める」も曖昧です。「現状をそのままに理解する」という表現の方がわかりやすいと思います。
たとえば「行きたい」と「行きたくない」が共存していたら、「あの子は、行きたい気持ちと行きたくない気持ちが共存していて、葛藤している」と理解します。その場合、行くことも行かないことも応援せず、「葛藤」にこそ着目すべきでしょう。
家の中で過ごしている様子が「ありのままか」と問えば、本人の気持ちや考えはそれだけではないかもしれません。「あなたはずっと家の中にいてもいいのよ」の声掛けに激しく落ち込む可能性もあります。「自分はいつまでもずっとこうしていたいわけではない」と思っている人もいます。「当事者の一面だけで決めつけないこと」が大切です。
「ありのままの君でいいんだ」
これは「言ってれば間違いなし」のような言葉ですが、私はそうは思いません。
「そのままでいいんだよ」の誤解
たとえば「今はひきこもっていたいけど、一生ひきこもるのは嫌だ」と思っている子どもに「ずっとひきこもっていていいんだよ」と言うのはどうなんでしょう。「いつかこんなふうになりたい」その子が思っているのに、「いや、君はありのままでいいんだ」というのもどうなんでしょう。
そもそも、人間は複数の考えや欲求を抱くことができるので、相反するような考えや欲望を保持しているとき、「そのまま」とか「ありのまま」がそれらのうちの一部だけのことだとしたら、「そのまま」でもなければ、「ありのまま」でもないんです。
「ほんとうは働きたくないけど、働けるようになりたい」
だとすると、「ずっと働かなくていいんだよ」は、「そのまま」「ありのまま」の一部だけです。「ほんとうは働きたくないけど、働く君でいいんだよ」も、何か変です。さらに、「ほんとうは働きたいけど、働けない」に対して、「ほんとうは働きたいけど、働けない君でいいんだよ」も何か変です。
そもそも何が「いい」のかは本人が決めることです。なぜ「それでもいいよ」と言う側がジャッジするのでしょう。安易に良いことを言ってやろうとしても、「わかってないなあ、この人は」と思われるかもしれません。