イーズ・ホームエデュケーション・ネットワーク

ブログ『誤解だらけの不登校対応』

やぶさかでないゾーン

仮に行動を

「やりたいこと」 「やりたくもやりたくなくもないこと」 「やりたくないこと」

の3つに分けてみましょう。

すると、在宅型不登校やひきこもり生活を長く送った人は、「好きなこと以外全部やりたくない」という状態になることがあります。

たとえば、「うちの子、ずっとひきこもりだったのに、大好きなアーティストのコンサートに行くために、ものすごく頑張って、チケット申し込んで、ホテルや新幹線も予約して、会場では同じファンの子と交流するという大冒険ができたんです!」というようなことを親の方から聞くことがあります。けっこうよくあります。

それはそれで非常に喜ばしいことです。そこを否定したりしません。
ただ、そのことを「うちの子はひきこもり生活から脱却しつつあるのだ」とか「うちの子はとうとう社会生活に向けて動き出す進歩をしたんだ」と解釈されるとしたら、「それはどうでしょうか?」と思うわけです。

親の方が子どもをよく受け入れて否定したりせずに生活していれば、じつは「やりたいことならけっこうできる」という人はたくさんいます。やりたいことのためには、外出もするし、早起きもします。ただ、「やりたいこと以外に対する抵抗感があまりにも広い対象に出すぎる」という場合、「やりたいことならできる」からといって、一般的な社会生活が送りやすくなったとは言えません。

私が心配するのは、「やりたいことしかできない」という状態が、ゆくゆく「やりたくないことをしなくてはならない」になっていくことです。周囲の年齢が上がってきますと、他の一般的な生活を送る人たちは、長期間積み上げた行動の結果を得ることができます。長期間の積み上げの中身は、やりたいことでぎっしり埋まっているわけではありませんよね。そこには「必要だから」「やらなくちゃいけないから」「気が進まないけど何とかやる気を絞り出して」といったこともたくさん詰まっているはずです。

実際、「やりたいこと以外やりたくない」という人は、年齢を重ねると、趣味や娯楽以外のことが全部「やりたくないこと」なので、自ずと親に多くを頼らざるを得ず、だんだん世間から置いていかれるような気持になることが多いようです。私の見聞きしてきた経験で言えばですが。

つまり、「やりたいこと以外が全てやりたくないことになると、結局、いつの間にかやりたくないことだらけになっていく」ということが心配なのです。そのことを回避するためには、「やりたいわけではないが、やりたくないわけでもない」という部分をいかにやっつけていくか、です。私はそれを「やぶさかでないゾーン」と呼んでいます。

なぜ「やぶさかでないゾーン」を広げたいかといえば、学業や仕事や人付き合いにおいて、このゾーンが実質いちばん広い範囲だからです。ここを低ストレスで泳いでいくことが「本当にやりたくないこと」を回避する重要なポイントとなるわけです。

そもそも、在宅型不登校とかひきこもりとかは「回避」です。回避自体は悪いことではありません。ただ、回避の長期化や、安易な回避の連続が、結局その人を精神的肉体的経済的に追い込んでいくとすれば、それこそ回避したほうがいいでしょう。

というわけで、「本当にやりたくないことを回避するために、やりたいというほどでもないことをやって、やぶさかでないことにしていきましょう」というのを推奨しています。

そして。

「やぶさかでないゾーン」が実際に広がっていきますと、「やりたいことゾーン」も広がっていくわけです。それまで目先の、比較的容易に実行できることばかりだったのが、事前の準備・練習や、人間関係、環境があって初めて実行できるようなことが選択可能になるわけです。

「好きなことだけ応援していると、最初はどんどん成長しているように見えていたけど、結局、やぶさかでないことが少しずつできていったあとのほうが、子どもの成長は大きく感じた」という親御さんは会員には多いと思います。

「将来、やりたいことをたくさんやって、本当にやりたくないことを回避するためにも、やぶさかでないことがたくさんできるようにしましょう」というお話でした。
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