「医療」の誤解
SNS等では不登校と医療について書かれた文章はたくさんあります。実際、不登校を機に、精神科や心療内科にかかる子どもは多くいます。
ここでしっかりお断りしておきたいのは、私は医療否定派ではない、ということです。また、医療を過信する者でもありません。西洋医学がダメで漢方なら安全、という考えでもありません。
不登校に関連した医療についての誤解はいくつかあると思います。ひとつは「薬の合わなさ」です。「医者にかかったけど、薬が効かない。あの医者はヤブだ。医療は信用できない」などと早速決めつけてしまうような人がたまにいます。しかし、医療機関は子どもに対して最初から強い薬を使おうとしないことも多いです。診断をすぐにつけない医師もいます。私は、そのような慎重さを持っている医師はかえって信用できるのではないか、と考えます。「早々にコミュニケーションを絶って医療の効果を評価しないこと」はお勧めです。
精神科は、症状によっては「合う薬に出会うまでの長いセッション」が必要です。薬の種類、量、飲むタイミングなどを「まあ、これならば使えるかな」というものに出会うまで、医師とやりとりし続けることが大切です。
主な誤解の中に「精神科にかかって薬を飲んだら問題が解決する」という考えがあるように思います。「特効薬」として期待してしまうわけです。しかし、当然ながら薬は具体的な症状を「脳に働きかけて」部分的に
作用するだけであって、人生の諸問題を解決するわけではないので、あくまで補助です。
たしかに、中には劇的に効いてQOLがぐっと高くなった、という人もいるでしょう。しかし、基本的には期待しすぎず、医師に症状や薬等の効果を率直に伝えながら、現実的な対応を心がける必要があるでしょう。
薬には「主作用」と「副作用」がありますが、じつは、主作用と副作用ははっきり分けられないこともあります。たとえば「毎日嫌なことを考えすぎてしまって死にたくなる」というお悩みに対して「ではあまり集中して考えすぎないようにしてみましょうか」と「ぼーっとなりやすい薬」が処方されたとします。たしかに飲むとぼーっとしていつもよりは気持ちが楽になるかもしれません。ただ、それを見た家族が「うちの子がなんかおかしい!言ってることが支離滅裂だ!薬のせいでおかしくなった!」と思って慌てるということがあるかもしれません。これは「効きすぎ」とも言えますが、「死にたいという主訴に対しては効いている」とも言えます。
また、「集中しやすくなって、頭がすっきりする」という薬もあります。ただ、薬が切れるとすぐ欲しくなるような依存性があったり、「効果が切れたあとぐっと疲れが襲って来る」といった使用感を持つ人もいます。したがって、薬のことはただ処方されるままに飲むのではなく、飲みながら学んでいくような感じで使うことが大切だと思います。
あまりに人生が苦しいと、処方された薬をため込んで、一気にオーバードーズする人もいますが、もちろん危険な目的外使用です。もちろん、体にも心にも良いことではなく、本人もそこはわかってやっています。なぜそんなことをするかといえば、自分の苦しみの元である脳を強制終了させるような感じではないかと想像します。衝動性の強い人は、それくらい危険な使い方もするので、子どもの場合は薬を管理することもやむを得ないでしょう。ただ、管理だけをしてしまうと、別のところで何かしら激しいことをする可能性があります。
医療にのみ頼るというのは、いずれ限界が訪れるでしょう。医療が人生の諸問題を解決してくれるわけではないので。ただ、「眠れない」とか「何もする気が起きない」とか、具体的な困りごとに対して試してみるべき薬というのはあると思います。私は「そもそも人間社会そのものに毒性が強い」と思っていますので、人間社会で何かしらダメージを負ったり、生きづらくなりすぎたら、補助的に時間をかけて取り組むことはあっていいと考えます。ただ、医療にかかっている人の多くが、医療によりかかりすぎている気もしています。
もし、睡眠について何か改善の余地があるようでしたら、そこは取り組んでいただきたいところです。とくに若い体を持ちつつ、日々のほとんどを運動せず自室で過ごしているような場合、睡眠の質が低下することは容易に想像できます。その人や家族は見慣れていきますので、「それがその子の性格だ」と思い込みやすいのですが、じつは睡眠の質が低下したことにより、過敏になりすぎたり、自己否定しすぎたり、怒りや苛立ちが盛り上がりすぎたりしている可能性があるでしょう。
ここでしっかりお断りしておきたいのは、私は医療否定派ではない、ということです。また、医療を過信する者でもありません。西洋医学がダメで漢方なら安全、という考えでもありません。
不登校に関連した医療についての誤解はいくつかあると思います。ひとつは「薬の合わなさ」です。「医者にかかったけど、薬が効かない。あの医者はヤブだ。医療は信用できない」などと早速決めつけてしまうような人がたまにいます。しかし、医療機関は子どもに対して最初から強い薬を使おうとしないことも多いです。診断をすぐにつけない医師もいます。私は、そのような慎重さを持っている医師はかえって信用できるのではないか、と考えます。「早々にコミュニケーションを絶って医療の効果を評価しないこと」はお勧めです。
精神科は、症状によっては「合う薬に出会うまでの長いセッション」が必要です。薬の種類、量、飲むタイミングなどを「まあ、これならば使えるかな」というものに出会うまで、医師とやりとりし続けることが大切です。
主な誤解の中に「精神科にかかって薬を飲んだら問題が解決する」という考えがあるように思います。「特効薬」として期待してしまうわけです。しかし、当然ながら薬は具体的な症状を「脳に働きかけて」部分的に
作用するだけであって、人生の諸問題を解決するわけではないので、あくまで補助です。
たしかに、中には劇的に効いてQOLがぐっと高くなった、という人もいるでしょう。しかし、基本的には期待しすぎず、医師に症状や薬等の効果を率直に伝えながら、現実的な対応を心がける必要があるでしょう。
薬には「主作用」と「副作用」がありますが、じつは、主作用と副作用ははっきり分けられないこともあります。たとえば「毎日嫌なことを考えすぎてしまって死にたくなる」というお悩みに対して「ではあまり集中して考えすぎないようにしてみましょうか」と「ぼーっとなりやすい薬」が処方されたとします。たしかに飲むとぼーっとしていつもよりは気持ちが楽になるかもしれません。ただ、それを見た家族が「うちの子がなんかおかしい!言ってることが支離滅裂だ!薬のせいでおかしくなった!」と思って慌てるということがあるかもしれません。これは「効きすぎ」とも言えますが、「死にたいという主訴に対しては効いている」とも言えます。
また、「集中しやすくなって、頭がすっきりする」という薬もあります。ただ、薬が切れるとすぐ欲しくなるような依存性があったり、「効果が切れたあとぐっと疲れが襲って来る」といった使用感を持つ人もいます。したがって、薬のことはただ処方されるままに飲むのではなく、飲みながら学んでいくような感じで使うことが大切だと思います。
あまりに人生が苦しいと、処方された薬をため込んで、一気にオーバードーズする人もいますが、もちろん危険な目的外使用です。もちろん、体にも心にも良いことではなく、本人もそこはわかってやっています。なぜそんなことをするかといえば、自分の苦しみの元である脳を強制終了させるような感じではないかと想像します。衝動性の強い人は、それくらい危険な使い方もするので、子どもの場合は薬を管理することもやむを得ないでしょう。ただ、管理だけをしてしまうと、別のところで何かしら激しいことをする可能性があります。
医療にのみ頼るというのは、いずれ限界が訪れるでしょう。医療が人生の諸問題を解決してくれるわけではないので。ただ、「眠れない」とか「何もする気が起きない」とか、具体的な困りごとに対して試してみるべき薬というのはあると思います。私は「そもそも人間社会そのものに毒性が強い」と思っていますので、人間社会で何かしらダメージを負ったり、生きづらくなりすぎたら、補助的に時間をかけて取り組むことはあっていいと考えます。ただ、医療にかかっている人の多くが、医療によりかかりすぎている気もしています。
もし、睡眠について何か改善の余地があるようでしたら、そこは取り組んでいただきたいところです。とくに若い体を持ちつつ、日々のほとんどを運動せず自室で過ごしているような場合、睡眠の質が低下することは容易に想像できます。その人や家族は見慣れていきますので、「それがその子の性格だ」と思い込みやすいのですが、じつは睡眠の質が低下したことにより、過敏になりすぎたり、自己否定しすぎたり、怒りや苛立ちが盛り上がりすぎたりしている可能性があるでしょう。